手記 ③

2/7(金) 東京は冷凍都市さながらだった。鉄のように冷たい風がビルの間を吹きさすんだ。肩を揉んでもらった時、自分の肩があまりに硬すぎて(カタだけに)思わず笑ってしまった。これもすべて冬の寒さのせいだ。 久しぶりに他人と会話をした。久しぶりに表情筋…

手記 ②

2月6日(木) 「八方美人、という言葉が鍵となるかもしれないね」とあの医者は言っていた。僕はそんなわけがないと思っていたが、次第にそのキーワードが頭の中を回り始めた。結局のところ、僕は誰にも嫌われたくないのだ。でもそれはみんなも同じでしょう。 …

手記 ①

2/5 (水) 夜の道を歩き続けるのは寒い。しかしひたすらに歩き続けなければならない時もある。それは立ち止まりたくなる哀れな精神との闘いである。肉体との乖離を感じる。耳にはゆらゆら帝国が流れてくる。トレモロのかかったリフが永遠に終わることがないよ…

海底に沈む

イヤホンの隙間を縫って、僕の右耳からは、また人工的な波音が聞こえていた。 サカナクションの「ドキュメント」が流れていた。音楽が世界を色付けるものだとして、彼らの音楽は僕の世界を青色に染めた。そして、僕の世界に沈黙をもたらした。彼らの音楽を聴…

二十億光年の孤独

夜空に輝く星たちは、夜空一杯に広がって、密集しているように見える。でも、星同士の距離は、人間が一生かかっても到底辿り着けないほど離れているらしい。外側からはこんなに近くに見えるのに、いざ隣同士に並んで見えても、当事者同士の間にはとてつもな…

銀河鉄道の夜

北風は吹雪くのをやめ カシオピア輝いて 恋人たちは寄り添って 静かに歌うのでした 恵比寿ガーデンプレイスは煌びやかで、そこに集まるカップルたちは穏やかな様子で赤い絨毯の上を歩いていた。「もうクリスマスだね」と君は言った。そうだね、と僕は返して…

蒼き日々

「1年通してやり続ける」ことの難しさと言ったら別格なものがある。「1年間歩き続けていかなければいけない道」を始めて見通した時には茫漠とした不安感や絶望感を想ったものだ。途中には雲を突き抜けるような巨大な壁があったり、土砂降りの雨が降って凍え…

かわらないもの

このブログでは無意識だがいつも「無常観」について書いている。 もれなく今日もそのことについて書く。 ①胡蝶蘭の落ちる前に 毎年恒例のことだが、親の実家の方へ帰省をした。僕は去年運転免許を取得したのでそこで何回か練習をした。最初は不安だったが、…

白夜

夜は唯一の休息時間であり、一人になれる時間であり、つまりは心と体を本当に休められる時間だった。だから僕は夜が好きだった。中学の時にそれを友達に伝えると、おちょくるような声音だったので不快に思った覚えがある。 夜になると、家に帰って、ベッドに…

TONIGHT

「小学生の時に習い事をたくさんしておけばこんなことにはならなかった」そう思っていた。だが、小学生の時に遊び呆けた代わりに残してきた思い出は数え切れないほどあった。マンションでやった鬼ごっこ、少ないお小遣いを持って行った駄菓子屋、今は変わっ…

梶井基次郎「檸檬」的、彷徨少年の憂鬱

えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終壓へつけてゐた。 いつでも、どこを歩いていても、何キロもある土嚢を背負っているかのように身体が重かった。いつも歩いているはずの大学への道のりも、やけに長く感じた。道を歩く人々が、敵のようにも感じた。歩い…

今日という日にあったこと

①既視感、距離感、人生観 初めてのバイトだった。小学校は窓も、洗い場も、何もかもが低くて、ガリバーの気持ちを思った。そんな小人の世界にも、かつて見たことのあるポスターや先生の服装、学校のしきたり、そんなものが僕らの時代と何も変わることなくそ…

五月雨

僕は頭が弱いのでよく傘を忘れる。家に忘れるのはもちろん、コンビニの傘立てだったり、バイト先の傘立てだったりする。松屋の傘立てに忘れたこともある。高校の時から3ヶ月以上同じ傘を使っていた記憶がない。 雨は誰にでも等しく降る。もちろんそれは突然…

疾走

この前雪が降ったばかりなのに、もうあの茹だるような季節がやってくるかと思うと辟易する。歳をとればとるほど時間が過ぎるのが早く感じると聞いたことがあるが、それが本当だとしたら自分も確実に歳をとっているようで、それもまた憂鬱だった。時間が過ぎ…

1/1の自分

自分の悪癖として、必要以上に卑下したり、逆に見栄を張ったりしてしまうところがある。とくに前者はかなりひどく、その卑下によって精神を病んだり自信を失ったりしてしまう。これは一種の病気なのではないかとすら思う。その自己否定によって必要以上の重…

愛にまみれて

【一般論】 小学生の頃、一番好きな漢字は「愛」だった。直江兼続の兜に書かれていてかっこよかったし、漢字自体の形も好きだった。愛という漢字は名前でもよく使われるし、どんな人も多かれ少なかれ愛を求めている。もちろん、それには個人差がある。少量の…

クリスマスの僥倖

Aさんが欠席していることを知った彼は、途端に物悲しげな顔になった。 クリスマスということもあり、出席している人数はまばらで、その人たちは、みんな真面目そうな、悪く言えば地味で恋人なんていないような、そんな風貌の人たちばかりだった。僕もそのう…

赤提灯と白い月

「冷夏が続いたせいか今年はなんだか時が進むのが早い」 とはよく言ったものだ。イヤホンから聞こえてきた歌詞に思わず納得してしまう。 半袖半ズボンで外に出た。なんだこれは。肌寒い。それに、5時半なのにすでに日が傾き始めている。僕だけ夏に置いて行か…

通り雨

「散々悩んで時間が経ったら 雲行きが変わってポツリと降ってくる」 雨粒の落ちてくる空を眺め、傘を開きながら好きなバンドの曲の一節を思った。 無性にカツ丼が食べたくなった。習慣的に食べてるわけでもないのにそう思った。そうしてふらりと駅前の蕎麦屋…

善玉菌-フランケンシュタインの恋を見て-

菌。 あなたはこの言葉を聞いた時どんな言葉を想像するだろうか。 バイ菌。カビ菌。虫歯菌。 もしくはもっと抽象的に。小さくて目に見えないもの、とか、人を蝕むもの、とか、汚いもの、とかそんなことを考えるだろう。 少なくとも、「食べたい」とか「ペッ…

ソール・ライターはパンチラである

「全裸よりパンチラの方が絶対抜ける」と彼は言った。「パンチラを見逃したら死にたくなる」とも言ったし、「バカかお前。パンチラを見るために階段は存在してるんだよ」とも言った。僕はそれに対してずっと理解しかねていた。 なぜパンチラはそれほどまでに…

人類の普遍的成長について

小さいときから、何かの初めは楽しく、それなりに上手にできるが、初級者から中級者への壁にいつも登れずに、絶望していた。 どうして続かない。なぜこんなにも難しいんだろう。極めることがどうして出来ないんだ。極めた人達というのは輝いている。私はその…

悪魔の囁き

「お前みたいな何も喋れない、喋ろうともしないやつがどうして飲み会なんて行くんだよ」 この声が聞こえてくると、僕は「またか」と思う。「うるせえな。喋れないから行くんだろうが」「周りはお前のこと面倒なやつだと思ってるぞ」僕は何も言い返すことがで…

ある中学生の信仰

僕にとって、そのバンドは哲学と言っても差し支えなかった。 ピアノとギター、電子音やドラムの音。そして透き通るようなボーカルによって構成された音、あまりにもストレートすぎる歌詞。それらによって構成された彼らの音楽は、良い意味で「幼稚」だった。…