通り雨

「散々悩んで時間が経ったら 雲行きが変わってポツリと降ってくる」

雨粒の落ちてくる空を眺め、傘を開きながら好きなバンドの曲の一節を思った。

無性にカツ丼が食べたくなった。習慣的に食べてるわけでもないのにそう思った。そうしてふらりと駅前の蕎麦屋に立ち寄った。

蕎麦屋には老人しかいなかった。客も、店員も、誰もが老人だ。少子高齢化を痛感する。よく、「若いもんが子どもを産まないのが悪い!」という老人がいるが、その言葉を聞くたびに、「じゃあ俺にも性の悦びを知らせてくれよ!」と反論したかった。

券売機で予定通りカツ丼を注文する。

ドアは開けっぱなしで、冷房は付いていない。もしかすると、冷房という概念を知らないようにも思えた。店内にはラジオが流れている。2017年とは思えない風景だった。

ラジオからは、荒川区の少年が書類送検をされたことが聞こえて来て、「今日も知らないところでどっかの誰かが書類送検されているんだなあ」とぼんやり思った。

カツ丼が運ばれて来て、割り箸を割った。

「それでは聞いていただきましょう。モンゴル800で、小さな恋のうたです。」

その時だった。とんでもない美人が店内に入って来たのは。

「広い宇宙の数ある一つ 青い地球の広い世界で」

後ろでそれを聴きながら、入店して来た彼女の顔を眺めた。

昭和を思わせる小さな蕎麦屋に、突然美女が入ってくるこの状況は、明らかに異常だった。

ラジオからは小気味いいブリッジミュートの刻みが聞こえ、それに合わせてボーカルが甘ったるい歌詞を歌っている。

彼女もカツ丼を注文した。自分は些細なことで運命を感じてしまう精神異常者だと自負していたので、「何だこれは!?」と心中穏やかでなくなってしまった。

隣に座る客も彼女を、天気雨の中に出た虹を眺めるような、怪訝そうな、どこか恍惚とした目で眺めた。

彼女をぼんやり眺めているうちに、彼女はあっという間にカツ丼を平らげ、何事もなかったかのように店を後にした。

彼女のゲリラ的なその入店と退店に、僕はあっけに取られてしまい、そのせいで僕のカツ丼はまだ半分以上残っている。

蒸し暑い夏の日、ゲリラ美女。そして15分で終わった恋。

カツ丼を食べ終わって外に出ると、通り雨はもうすでに止んでいた。