今日という日にあったこと

 

①既視感、距離感、人生観

初めてのバイトだった。小学校は窓も、洗い場も、何もかもが低くて、ガリバーの気持ちを思った。そんな小人の世界にも、かつて見たことのあるポスターや先生の服装、学校のしきたり、そんなものが僕らの時代と何も変わることなくそこにあったので、ノスタルジーに浸ってしまった。算数の授業を見学したが、隣との席がくっつけてあって、今だと近すぎるとすら思える距離感によって、僕は初めて本気で人を好きになった苦い過去も思い出してしまって、それもまたノスタルジーを加速させた。
小学生はやはり距離感の恐怖なんて知らず、見ず知らずの僕にもどんどん話しかけてきた。大学生なら照れ臭くなるはずのグループワークや挙手による発言も積極的にしていて、間違いなく失ってしまったそれらを見て、「大人になってしまった」という認めたくない現実を認めざるを得なかった。
僕にはこのキラキラした季節はもう過ぎ去ってしまった、という現実が、ただただ無機質な現実がそこには横たわっていた。いずれは僕も人のために自分の身を人のために使う、ひたすらに茫漠とした砂漠を歩き続ける、そんな季節がやってくるだろう。それは素晴らしいことなのかもしれないが、もう彼らみたいなキラキラした目をすることはできないのだろう。周りの大人を見れば分かる。
何もかも過ぎ去ってしまった。


②裏切り者

一貫性のないやつは嫌いだ。僕は自己矛盾は絶対に起こしてはいけないと思っている。
「元彼との縁を切る」と言って連絡をするのもやめた人間がいた。だが、今日会ってヨリを戻すと言った。LINEは切れても気持ちは切れていないだろうな、と思ったので、別に驚きはしなかったが、失望した。気持ちが切れていないなら、最初から人の意見なんて気にせずLINEも途切れさせずに、自分の意思を貫いていればよかった。それなのに四方八方にいい顔だけして、その場のアドバイスだけ呑んだふりをして、結局はそれらの気持ちを道端に捨て置いて、今度は元彼にいい顔するんだな。正直自分は彼女が復縁しようと、元彼と絶交しようとどうでもいい話だが、彼女の友人たちの「彼女を想う気持ち」を無下にされたことに一番腹が立つ。彼女の友人達は自分のことよりも彼女を考えてくれているのに。互いに対立した意見を両方汲むことなんて不可能だとなぜ気づかない。結局は自分が誰にも嫌われたくない選択をしているだけだ。彼女も元彼も。今回の選択がそのような選択なら僕はもう彼女を信じることはできない。勝手にしてくれ。

③音楽をやめないで

僕の周りには、凄腕の表現者たちがいる。悲しいことに僕らの住む世界の中では、という話だが。それにしても、作詞作曲をして楽器も練習して、しかもすごい速さで上達している、それが素晴らしい。畏れを抱くほどのスピードだ。地頭は良くないんだろうな、というのが歌詞から伝わってくる。それでも最近書かれた曲は、構成もしっかりしていて、メロディーだけでなく歌詞も良く、もっと好きになってしまった。きっとその裏には計り知れないほどの努力があるのだろうと思う。いや、多分絶対にあるのだ。
そして彼らのライブは言うまでもなく最高だ。彼らのライブを見るたびに色々な想いが湧き上がってくるが、大抵は「自分も頑張ろう」という気持ちになる。ライブを見てそんな気持ちにしてくれるバンドは多分彼らだけだろう。
はっきり言って、彼らが売れるかどうかは分からない。だが、彼らが大学時代にこんな素晴らしいバンドを組んでいた、ということには絶対に意味があると思うし、何にも代えられない価値があると思う。正直心底羨ましい。続けていればきっともっと価値のあるものになるだろう、もっと成長してもっと素晴らしいバンドになるだろうと思うからこそ、音楽をやめないでほしいと思う。部外者だからこんなことを言えるのだと思うが。きっと並大抵の苦労では済まないだろう。でもやめないでほしい。僕も頑張るから。