悪魔の囁き

「お前みたいな何も喋れない、喋ろうともしないやつがどうして飲み会なんて行くんだよ」

この声が聞こえてくると、僕は「またか」と思う。
「うるせえな。喋れないから行くんだろうが」
「周りはお前のこと面倒なやつだと思ってるぞ」
僕は何も言い返すことができない。
「皆言葉に出さないだけで、お前はただいるだけで何もしない木偶の坊だと思われてるよ。お前も自分で気づいてるだろ」
そうなのかもしれない。誰よりも自分のことをわかっているぶん、その言葉は心に鋭く突き刺さった。周りの反応は、優しくする、と言うより、腫れ物に触るような感覚に近かった。言うまでもなく、それは彼らが悪いのではなく寧ろ優しさ故の行為であることは自明であったが。
僕はこの現状をなんとか打開しようと奔走していた。だが、仲のいい友達が一人二人居なくなるだけで底知れぬ不安に駆られることもまた事実だった。
「お前、浮いてるぞ」
頭の中で響く声は未だチクチクと僕の精神を攻撃していた。

待ち合わせ場所へ着くなり僕は同じ学年の友達を探して、肩を叩いた。
おお、と友達は僕の名前を呼ぶ。僕は細い肩身をもっと細めて、集団の端の方へ収まった。形式的な挨拶や軽い話を交わす。不安は払拭できていなかったが、とりあえず、まずは溶け込むことに専念した。
「まあ、どうなるか見といてやるよ。せいぜい頑張りな」
声はそんな言葉を残して消え去った。

 

僕は3人並んで駅への帰路についていた。少し前の方では二人の一年生が屈託のない声をあげている。「こんな早くから仲良くなれてすごいな」などとぼんやり思った。頬にはわずかな火照りが残っていたので、外の空気の肌寒さが寧ろ快かった。両端にいたのは、それなりに話のできる友達だった。二人とも自分と空気感が似ているとは前から感じていたので、一緒にいて圧迫感などを感じることは全くなかった。
「授業一緒に受けようよ。今年は仲良くなろうと思って」
学部の同じ友達の、その言葉を聞いて、僕は邪推することなく単純に嬉しいと感じ、素直にありがとう、と返した。
僕たちは中身のない、すぐに忘れてしまうような話をした。しかしそれは僕の生活においてはとても重要なものであり、欠けているものでもあった。僕はそんな話のできる友達が今両脇にいることを幸せだと思った。
「じゃあね、六月頑張ろうね」
学部の違う、もう一人の友達は目を細めて笑う。
「あ、二人一緒だったんだ。じゃあ今度私とも組もうね」
学部の同じ友達はそう言って、別れを告げた。
僕は、「勿論。ありがとう」と告げて彼らと別れた。
二、三歩歩きながら、イヤホンを耳に詰める。ギターのアルペジオから始まる心地よいメロディーが聞こえてきて、ああ、よかった、と安堵した。
僕の頭の中の声に勝ち誇ったように「どうだ、やっぱりいけただろ」と念じた。
今考えると、なんであんなに恐怖していたのか疑問すら思う。
行ってみたら案外イケるんだよ。なんとかなるんだよ。
今日の、たわいもない会話や触れ合いを思い返しながら思う。
頭の中に、声はもう何も響いては来なかった。