銀河鉄道の夜

北風は吹雪くのをやめ カシオピア輝いて

恋人たちは寄り添って 静かに歌うのでした

 

 

恵比寿ガーデンプレイスは煌びやかで、そこに集まるカップルたちは穏やかな様子で赤い絨毯の上を歩いていた。「もうクリスマスだね」と君は言った。そうだね、と僕は返して、それからは君の高校時代の思い出を聞いたりしていた。

君の行きつけの珈琲店に行って、君の知り合いの店員さんに会釈をして、少し熱い珈琲を啜った。君は途切れることなく話を続けて、僕は頷いたり相槌を入れたりしながら君の話を聞いていた。前日のアルコールのせいか緊張のせいかは分からないが、何回も何回も頻繁にトイレへ行ってしまった。君は笑いながらまた?と言って、時折煙草を吸いに外へ出たりしていた。


君は頬を赤らめて、時折八重歯を見せて、その満月のような眼を三日月にしていた。その表情はきっと君の本当の気持ちを示していたのだと思う。共通の友人の名前を出して、気持ちがわかるね、とお互い照れ臭そうに笑った。水に何度も口をつけても唇の乾きは収まらず、時折俯きながらそれを誤魔化した。熱かった珈琲が冷めきるまで僕たちは話を加熱させて、一杯の珈琲で3時間近くも店内に留まっていたことを申し訳なく思った。店外にはクリスマスツリーが派手な電飾で彩られたりして、昼のように明るかった。


絢爛と喧騒を抜けて、僕たちは夜の道を歩いた。まっすぐな道だった。時折赤信号が僕らの歩みを止めては、青信号が僕らの足を踏み出させた。誰もいない夜道に僕らの声は響いて、そんなことも知るまいと、埼京線は僕らの話を遮った。今日は一段と風が冷たかったが、頬が熱くなっているのか、そこまで寒さを感じることはなかった。その夜道は僕らだけの世界だったが、口笛を吹く自転車や、しゃがみながら煙草を吸う二人組や、灯りの消えた喫茶店のガラスを鏡にして踊る若者のものでもあった。だが、過ぎ去っていく彼らとは違って、君は僕の隣を歩いていた。


僕は信じきることができず、足をついて踏みしめている最近の生活とは対照的に、シャボン玉がふわふわ宙に浮く感覚に似ていた。その心の浮つきで、僕の身体も浮かんで東京の夜空に飛び立ってしまいたかった。

 


銀河鉄道の夜 

僕はもう空の向こう 

飛び立ってしまいたい

あなたを 想いながら

蒼き日々

「1年通してやり続ける」ことの難しさと言ったら別格なものがある。「1年間歩き続けていかなければいけない道」を始めて見通した時には茫漠とした不安感や絶望感を想ったものだ。途中には雲を突き抜けるような巨大な壁があったり、土砂降りの雨が降って凍える夜もあった。しだり尾のような長い長い夜を一人で眠る、そんな孤独感は僕を押しつぶそうとした。東京の街で一人で歩き続ける、そんなことに対しての、えも言われぬ孤独感がそこにはあった。新しいことに挑戦する前には失敗や困難はつきものだ、と分かってはいても、目を伏せざるをえない僕がいた。いっそのこと歩くのをやめてしまおうと思った時もあった。僕を照らしてくれるような光はそこにはなかった。

しかし、僕は歩き続けた。決して歩き続けたいわけではなかった。なぜか僕は歩き続けてしまった。歩き続けることが非常に困難であるにもかかわらず、だ。僕の困難も知らず、僕の隣には陽気に笑う笑顔があったり、幸せを語る言葉があったりした。そんな彼らの笑顔が僕は好きだった。妬ましくて、絞め殺したいほどに憎かった彼らのことが僕は好きだったんだ。僕は叫び続けた。僕が愛するものへの愛、そして僕を愛する彼らに対する愛を。憎かったはずの彼らを、僕は本当に憎むことはできなかった。きっと彼らのことが僕は好きだったんだ。

半年経って、さらにもう半年経とうとしている。茫漠と長く困難に見えた道を歩く僕は笑顔だった。成長したな、と彼らは言った。あろうことか、僕は道を歩くことを楽しんでいた。共に道を歩く仲間たちはいつのまにか増え、話すことがなかったような人と朝が明けるまで話し込んだり、信じられないような人が僕のことを好きだと言ってくれたり、とにかく僕は嘘のような本当の日々を僕は楽しんでいる。目標達成はまだできていないし、そのレベルまで達しているのかはわからない。だが、僕は目標クリアのためだけに生きている人よりは幸せなのではないかと思う。だって道を歩くことをこんなに楽しんでいるから。同じような感情を持った彼らへの愛しさや、終わっていく蒼き春のような日々に対する愛しさで僕はいっぱいになる。彼らの笑顔をいつまでも隣で眺めていたいなと思う。日々を懸命に生きて、懸命に楽しむ彼らが僕は好きだ。愛してやまない。そんな兄弟みたいな彼らに対する愛を僕は全力で叫んだり、語ったり、歌ったりしなくてはならない。きっといつの日か髪の毛が黒くなって、白くなって行くような日がきっと来るだろう。きっとそれぞれの日々を僕たちは過ごしていくのだろう。それでも、そんな日々が来てもふとした瞬間に、この蒼き日々を思い出せたら今この道を歩き続ける意味はあるのだろう。終わって欲しくないこの道を、愛してやまないこの道を、僕はまだまだ歩き続ける。

かわらないもの

このブログでは無意識だがいつも「無常観」について書いている。

もれなく今日もそのことについて書く。

 

胡蝶蘭の落ちる前に

毎年恒例のことだが、親の実家の方へ帰省をした。僕は去年運転免許を取得したのでそこで何回か練習をした。最初は不安だったが、慣れてくると楽しく、いつかドライブに行きたいなあなんて考えたりもした。

これは多分凄いことだが、田舎の親戚たちや祖父母は僕が生まれてからほとんど人が死んでいない。喜ばしいことだが、逆説的に言えばこれからどんどん人が死ぬということでもあり、これは恐ろしい。身近な人の死ほど恐いものはないだろう。特に僕は祖父を尊敬していて、知識の豊富さや考え方、泰然自若な彼の性格が僕は好きだった。最近スマホを購入したものの、使い方が分からないと言うので一通り使い方を教えても「よくわからん」と言って飄々としていた。彼に死なれる前に僕は彼に誇れるような人間にならなくてはならないし、悔いも残してはいけない。この2つを実現するにはもう少し時間がかかりそうなので、出来るだけ長生きしてほしい。

 

②時代錯誤

何回か書いたことだが、近所でお祭りがやっていたので行った。元々行きたいという強い意図があったわけではないが、たまたま予定が空いていて、好きなお祭りだったので見物する程度に回ることにした。入り口で中学の時好きだった人と6年前と同じ場所、同じ祭りで偶然会った。僕も彼女も中学の友人と一緒に来ていたが、2人ともおー、と間延びした声を上げただけで、昔みたいに一緒に回るようなことはなかった。

祭りは今年もほとんど変わっていなかった。射的、くじ引き、金魚すくい、焼きそばやチョコバナナを売る店。子供たちは屋台の店主に群がって景品をせびり、客の来ない店の店主は気だるそうな顔をして佇んでいた。そういう人間臭さが僕は好きだった。スマートフォンが普及し、ロボットは平気で店内で働き、想像も出来なかったような未来が現実になっている現代においてさえ、祭りはあの頃とちっとも変わっていなかった。きっと10年後や20年後、ひょっとすると100年後もこのままかわらないかもしれない。できれば変わらないでほしいと僕は心の中で祈った。

 

③平成最後の夏

散々SNSで使い古された言説だったし、平成最後とか言わずにいつでも一瞬一瞬を大切にしろよ、と僕は思っていたので、僕はこの言葉があまり好きではなかった。

しかし来年からは間違いなく僕の知らない元号が始まっているのだ、と考えると感慨深かった。僕らは次の年号が何になるかを帰り道ずっと考えていた。「安」「太」「創」などの漢字を上げて、それっぽく当てはめてみて、ありそうだとか、Sは昭和で使われているからだめだとか真面目に考察をしたが、一向に答えは出なかった。でも、年号が何になっても、こうして地元の道を友人達と歩いていたいな、と僕はそう思った。

 

僕らの知らない時代がやってくる、それだけで少しわくわくしたし、新たな時代の夜明けをひしひしと感じていた。しかしあと4ヶ月で今年も終わってしまう。それは同時にサークルに現役として居座れる期限でもあったし、就活をせずだらけていられる期限でもあったので、出来るだけ訪れないで欲しかった。好きだったあの人は他の男と付き合ってしまうし、地球の公転は止まらないし、お気に入りの店は閉まるし、人はいずれ死ぬ。変わらないものなんてないだろう。それにしがみつくのも情けない。だが、恐るべきスピードで変わっていってしまうものの中に、ふと立ち止まって目を向けると変わらないものがあるのもそれはそれで嬉しいことなのではないだろうか。変わっていくものも、かわらないものも、僕は同じように抱きしめられたらいいなと思う。

ブログらしいブログを書いたような気がする。今日はやけに涼しくて過ごしやすいな。

白夜

夜は唯一の休息時間であり、一人になれる時間であり、つまりは心と体を本当に休められる時間だった。だから僕は夜が好きだった。中学の時にそれを友達に伝えると、おちょくるような声音だったので不快に思った覚えがある。

夜になると、家に帰って、ベッドに寝転んで、ゲームや音楽を楽しむ。中でも、友達と電話をするのが僕は格別に好きだった。だが、気を遣ってしまって自分から電話をかけられるのはごくわずかな親友しかいない。最近は後輩と電話をしながらアクションゲームをするのが何よりの快楽だった。最近はゲームがメインと言うよりも、彼に話を聞いてもらうことが主になっている気がする。いくら夜が休息時間とは言え、自分の卑下や邪推は収まらないので、それを忘れさせてくれる貴重な時間だった。彼には愚痴や相談事をして、本当にいい後輩だな、と思う。先輩として情けないとは思うが、今は彼に甘えてしまっている。

自分の悪癖である夜中の考え事で最近最も登場するのは、恋愛についてだった。僕は今恋人がいないのだが、いい加減それについてなんとかしなくてはならないと薄々は感じている。もう色々と終わってしまう時期に差し掛かっている。もちろん自分の魅力が薄いことにも気がついているし、それに関してはゆっくりと改善しようとしてはいるが、最近はそれすら怠ってしまっていた。気がついたら周りはカップル同士だらけで、インスタにはデートの動画が毎日アップされる。僕はそれを夜中に見ながら鬱々としていた。「文系大学生で恋人がいないのはゴミ」とよく言われるし、対して偏差値も高くない大学なので、自分が社会不適合者なのではないかと思われてしまう。しかし、なかなかこれは解決し難い問題だった。恋愛ほどうまくいかない課題というものはない。よく別れてもひっきりなしに恋人ができるひとたちが存在するが、どんな魔法を使っているのだろうと思う。もしくは、前世に大きな徳を積んできたのだろうか。僕には大した魅力もないのだから、せめて明朗で快活であれ、とは思うが、自分に降りかかる困難を思うとなかなかそうもいかない。「きみは性格がいいから、大学生になったらきっとモテるよ。」と中学の時、女子に言われたことがあるが、それは全くの嘘であるとこの歳にして気がついてしまった。恋愛で必要なのは、もっと刺激的で魅力的な何かだ。嘘をつくのなら責任を取って僕と付き合ってほしい。いや、彼女も今は彼氏がいて大学生活を悠々自適に過ごしているかもしれない。まさに四面楚歌だった。恋人持ちの友人たちが敵にしか思えなくなってしまっていた。

結局今日も意味もなく4時過ぎまで起きてしまった。休息時間を無駄にしてはならないと、睡眠時間を削って精神の回復に当てているが、これはまったくもって本末転倒だろう。僕はやはりバカなのかもしれない。夜があと24時間くらいあったならば。 朝が怖い。朝が迫って来る。また働き出さねばならない。明日も昨日と同じような朝が来て、昼が来て、疲れ果ててまた朝が来る。将来への不安も確かにあって、今の生活に対する欲求不満も確かにあって、それを考えさせるような時間だとしても、僕は夜の闇の中に紛れて逃げていたい。明けない夜はないと言うが、すぐに明けてしまう夜もどうかと思う。最近は日が昇るのが早すぎる気がする。これは本当に良くないことだ。僕の部屋は遮光性のないカーテンだったので、朝日が直に部屋を直撃する。またカーテンが群青色に染まっていく。

もうすぐ僕の部屋に太陽が来る。

 

どうかこの夜が朝にならないで

強く思うほど 願うほど

赤い秒針はそんな私を嘲笑って

この時間を吸い取っていくだけ

TONIGHT

「小学生の時に習い事をたくさんしておけばこんなことにはならなかった」そう思っていた。だが、小学生の時に遊び呆けた代わりに残してきた思い出は数え切れないほどあった。マンションでやった鬼ごっこ、少ないお小遣いを持って行った駄菓子屋、今は変わってしまった五時のサイレン。公園で固まってやっていたゲーム。語り尽くせないほど思い出は残っていた。そして、それを共有できる仲間もまた、いた。間違いなく僕たちは同じ時代で同じことをして生きていた。今では全く見る景色が変わってしまった公園や道路を、缶チューハイを持ちながら歩く。

中学。何かに疑問を持ち始め、それを解決してくれる何かもまた、見つかった。それは時にフジファブリックであったり、SEKAI NO OWARIであったりした。「自分しか知らない音楽」がそこにはあった。あの時聴いていた音楽を聴くと、今でもあの時の気分を思い出す。好きな子が好きだった作家の本を読み漁ったこと、月曜の朝必ずジャンプのネタバレをしてくる友達、めちゃくちゃなことをして先生に死ぬほど怒られたこと、初めて付き合った人の家から帰る途中に「花鳥風月」を聴きながら見た夕焼け。今でも彼女はあの家に住んでいるのだろうか。彼女に初めて触れた公園、彼女の家の下で何時間も話したこと、別れが惜しかったこと、別れ際に撫でた髪の毛、友達にからかわれながら歩いた帰り道。結局最後はあっさり振られて終わったが、僕にとっては大恋愛だった。そんな中、親友たちと共に闘った受験。第一志望は受からなかったが、親友と3年間同じ高校で苦楽を共にした。

高校。その親友が、好きな人に振られた直後に電話をすると萎れた声で間の抜けた返事をしていた。僕も彼女に振られた直後で自暴自棄になったこと。それからは話したくもない暗黒。それでもいっしょにいてくれた友達。二人で帰った田園都市線。隣町まで歩いた道。成し遂げられることはなかったのかもしれない。それでもその生活には、確かに意味があったと信じたい。

中学の時、4年間好きだった人に告白して、振られて、それはそれは散々な振られ方をして、思い出したくもないし、今でも顔を合わせることに抵抗がある。それでも彼女を好きになっていなかったら、僕がBase Ball Bearと出会っていた今はなかっただろう。図書館戦争のエンディングテーマが全てを変えてくれた。その失恋が確かに僕を今の素晴らしくて愛おしくて、僕の全てであるこのサークルに導いてくれた。それから、中学を卒業したら二度と会わないかもしれないと思っていた友達。重大な相談をしたり、何時間も夜道を歩いたり、好きな音楽や小説の話をして、時には思い出話をして、そんな友達と、僕は前まで親友になれるとは思ってはいなかった。想像もしていなかった未来がそこには待っていた。今の諸問題だって確かに辛い。辛すぎるし、もうやめようとすら思った。でも、それもきっと予想もできない道に繋がって、「あの時のあの経験があのことに繋がったから結果的には良かった」と思える日が来るだろう。いや、来てほしい。もし来なくても、思い出になってしまえばそれは間違いとか正解とか、そんなことは考える必要がなくなるんだろうな、と思う。何度も何度もやめようと思った道だったが、やめなくて良かった。自信を持って言えるわけではないが、今夜はそう思える気がする。だって、振り返って掘り起こした道は、こんなにも輝いていたから。他人が獲得していて、僕は取り損ねた宝物だってある。歩いてきた道はもう絶対に引き返せないから、取り損ねた宝物は一生手に入らないと思う。他人の道と比べると、地味かも知れないし、整備されてないかも知れない。でも、これが僕の歩いてきた道だ。きっとこれからも歩いて行くだろう。たくさんのいい思い出と、音楽や小説、それから素晴らしい友人たちを連れて、僕は歩いて行く。

 

 

 

 

SEKAI NO OWARI「TONIGHT」

 

不思議に感じる瞬間が時々ある

僕が今ここにいるというこの事実が

僕に特別な力があるとはとても思えないし

ひとりきりではできなかったことだよ

 

突然世界が真っ暗闇になったように見えた

でも少しずつ目が慣れて明るくなってきた

今まであまりに強すぎる光に照らされてたから

目がくらんで気付けなかっただけだった

 

大切な「イマ」はどんどん変わっていく

忘れてく思い出もたくさんあるけど

終わりの時間は確かに近づいて来てる

だけど今夜だけは「イマ」が愛しく思えそうなんだ

 

自分はなんにもできないと思っていた

でもそれはなんでもできるって事みたいで

望んだ人にはなれないのかもしれないけれども

僕は僕になることだけはできるんだ

 

大切な「イマ」はどんどん変わっていく

忘れてく思い出もたくさんあるけど

終わりの時間は確かに近づいて来てる

だけど今夜だけは「イマ」が愛しく思えそうなんだ

 

今の自分がどうしよもなくキライで

ここまでの道が灰色に見えてたとしても

この長い道が君へと続いていたなら

また一歩前に進む事ができそうな気がするんだ

 

 

 

梶井基次郎「檸檬」的、彷徨少年の憂鬱

えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終壓へつけてゐた。

 

いつでも、どこを歩いていても、何キロもある土嚢を背負っているかのように身体が重かった。いつも歩いているはずの大学への道のりも、やけに長く感じた。道を歩く人々が、敵のようにも感じた。歩いているだけなのに、重大な犯罪を犯してしまいそうな恐怖とその精神を抑えつけることによって、大学に着いた時には疲弊しきっていた。精神がおかしくなる寸前だった。「わいせつな行為をした疑いで21歳男性逮捕」のテロップが報道番組に出ている、そんな映像が想像された。全身に汗をかいて、シャツが張り付いているのが不快で、他人へ不快感をもたらしているかもしれないという想像もまた、自分の精神を蝕んでいった。授業を受けていても、まずまっすぐただ座っている、ということができなかった。重力に従って頭は垂れ下がり、机にくっついて離れなかった。全身が脱力し、机がなければ僕は教室のど真ん中に横たわっていただろう。そんな哀れな自分を頭の中で眺めると、滑稽で仕方がなかった。

結局、今日も3限と5限を休んだ。

一人でカラオケに行った。ただ、歌詞を見て、動くバーに合わせて、声を出した。もちろん高音はまるっきり出なかったし、90点もまた出なかったが、何も考えない、という生きているだけでは到底不可能なことが達成された。しかもその値段が1000円もしないことに感動を覚えた。

いくらか足取りが軽くなったことを確かに感じ、空が青いということに今更ながら気がついた。昨日は雨だったはずなのに、今日はやけに陽が照りつけていた。

スーパーに寄ると、スーパーで低賃金で働かされている友達のことを思い出した。良い給料のアルバイトを斡旋してあげたかったが、先日啖呵を切ったこともまた思い出して、やめた。いつもあるはずの惣菜バイキングもその日はなくて、失望はさらに加速して行った。

家。犬。それだけの要素が僕の土嚢を下ろした。もちろん慢性的な腹痛に悩まされているのはいつものことだったし、今日は軽い方だったので、それは気にかからなかった。

3時を回った時に、ひとりの友達から連絡が来た。しまった。遊ぶ約束を来月と勘違いしていた。今日はバイトだった。「こちらこそ確認してなくてごめんな」という文が返ってきて、友達の優しさに感謝しながら、僕はただただ謝ることしかできず、僕の中の「良心」「正義」「友情」そう行ったものたちが僕の心に鉄槌を振り下ろした。振り下ろされる鉄槌の雨の中、僕はただただ謝ることしかできなかった。 

バイト。生徒は誰一人としてやる気がなかった。僕は周りの空気に左右されやすいので、あくびをしながら解説や採点をした。異常なほどの眠気が僕の肉体を支配していた。この眠気の正体はすでに暴いていた。昨日の夜も、リビドーとタナトスによって発狂寸前だったせいで眠れなかった。夜は眠れず、昼は眠たい。絶望的な睡眠のサイクルだったし、睡眠というものが憂鬱を晴らしてくれるものだとしたら多分睡眠が足りてないんだろうな、とぼんやり感じた。簡単なことすらできない生徒たちに、今日は彼らを勇気付けたり叱咤激励するほどの元気は僕には残っていなかった。

応援している友達のバンドのMVも見る気になれなかった。何故かは分からないが、恐ろしかった。大好きだった京都土産も、ただ腹に押し込むだけの食料としてしか認知できなかったし、去年なによりも優先してきた野球も、見る気になれなかった。ただ、楽器を弾いている時は、心が入れ替わったように楽しかった。もちろんその途中で、他人の悪い評価やできないフレーズが出てきて、破壊的な衝動に陥って、全ての弦を解放して力任せに掻き鳴らすことが何回かあったが。

前まで僕の生きる糧であり、煌めかせていたものたちも、何かが僕をいたたまれなくさせていた。僕はこの狭い狭い空の下で土嚢を背負って彷徨するのみであった。どこへ行っても、逃げ場がないような感覚だった。リラックスできる場所がない。どこにいても、茫漠とした不安は付いて回った。世界が白黒に見えて、自分が歩いているはずの道すら真っ黒く染まっていて見えなかった。歩いているのは確かだが、進んでいるのかわからない。ちょうどランニングマシーンの上で歩いているようだった。進んでいる感覚がない。何ヶ月も耐えたが、好転する気配すら見せない。寧ろどんどん悪化していく気配すら感じる。身につけてきた大切なものをどんどん脱ぎ捨てて、失っていくような感覚があった。何をすれば良いのかわからない。全てが無駄に見えたし、全てが終わってもいいとすら思えた。

檸檬はどこに売っているのだろうか。

今日という日にあったこと

 

①既視感、距離感、人生観

初めてのバイトだった。小学校は窓も、洗い場も、何もかもが低くて、ガリバーの気持ちを思った。そんな小人の世界にも、かつて見たことのあるポスターや先生の服装、学校のしきたり、そんなものが僕らの時代と何も変わることなくそこにあったので、ノスタルジーに浸ってしまった。算数の授業を見学したが、隣との席がくっつけてあって、今だと近すぎるとすら思える距離感によって、僕は初めて本気で人を好きになった苦い過去も思い出してしまって、それもまたノスタルジーを加速させた。
小学生はやはり距離感の恐怖なんて知らず、見ず知らずの僕にもどんどん話しかけてきた。大学生なら照れ臭くなるはずのグループワークや挙手による発言も積極的にしていて、間違いなく失ってしまったそれらを見て、「大人になってしまった」という認めたくない現実を認めざるを得なかった。
僕にはこのキラキラした季節はもう過ぎ去ってしまった、という現実が、ただただ無機質な現実がそこには横たわっていた。いずれは僕も自分の身を人のために使う、ひたすらに茫漠とした砂漠を歩き続ける、そんな季節がやってくるだろう。それは素晴らしいことなのかもしれないが、もう彼らみたいなキラキラした目をすることはできないのだろう。周りの大人を見れば分かる。
何もかも過ぎ去ってしまった。


②裏切り者

一貫性のないやつは嫌いだ。僕は自己矛盾は絶対に起こしてはいけないと思っている。
「元彼との縁を切る」と言って連絡をするのもやめた人間がいた。だが、今日会ってヨリを戻すと言った。LINEは切れても気持ちは切れていないだろうな、と思ったので、別に驚きはしなかったが、失望した。気持ちが切れていないなら、最初から人の意見なんて気にせずLINEも途切れさせずに、自分の意思を貫いていればよかった。それなのに四方八方にいい顔だけして、その場のアドバイスだけ呑んだふりをして、結局はそれらの気持ちを道端に捨て置いて、今度は元彼にいい顔するんだな。正直自分は彼女が復縁しようと、元彼と絶交しようとどうでもいい話だが、彼女の友人たちの「彼女を想う気持ち」を無下にされたことに一番腹が立つ。彼女の友人達は自分のことよりも彼女を考えてくれているのに。互いに対立した意見を両方汲むことなんて不可能だとなぜ気づかない。結局は自分が誰にも嫌われたくない選択をしているだけだ。彼女も元彼も。今回の選択がそのような選択なら僕はもう彼女を信じることはできない。勝手にしてくれ。

③音楽をやめないで

僕の周りには、凄腕の表現者たちがいる。悲しいことに僕らの住む世界の中では、という話だが。それにしても、作詞作曲をして楽器も練習して、しかもすごい速さで上達している、それが素晴らしい。畏れを抱くほどのスピードだ。地頭は良くないんだろうな、というのが歌詞から伝わってくる。それでも最近書かれた曲は、構成もしっかりしていて、メロディーだけでなく歌詞も良く、もっと好きになってしまった。きっとその裏には計り知れないほどの努力があるのだろうと思う。いや、多分絶対にあるのだ。
そして彼らのライブは言うまでもなく最高だ。彼らのライブを見るたびに色々な想いが湧き上がってくるが、大抵は「自分も頑張ろう」という気持ちになる。ライブを見てそんな気持ちにしてくれるバンドは多分彼らだけだろう。
はっきり言って、彼らが売れるかどうかは分からない。だが、彼らが大学時代にこんな素晴らしいバンドを組んでいた、ということには絶対に意味があると思うし、何にも代えられない価値があると思う。正直心底羨ましい。続けていればきっともっと価値のあるものになるだろう、もっと成長してもっと素晴らしいバンドになるだろうと思うからこそ、音楽をやめないでほしいと思う。部外者だからこんなことを言えるのだと思うが。きっと並大抵の苦労では済まないだろう。でもやめないでほしい。僕も頑張るから。