海底に沈む

イヤホンの隙間を縫って、僕の右耳からは、また人工的な波音が聞こえていた。

サカナクションの「ドキュメント」が流れていた。音楽が世界を色付けるものだとして、彼らの音楽は僕の世界を青色に染めた。そして、僕の世界に沈黙をもたらした。彼らの音楽を聴いているとき、僕は海底に沈んでいるようだった。光も届かぬ、深い、海底だ。

youtubeでダイバーの動画を見た。深い水槽に潜っていくダイバー。潜る、というより沈む、といったほうが正しいだろう。彼は無用な挙動を一切せず、身を任せて、深い穴へと静かに沈んでいった。静かで、美しい動画だった。

ここ3日間は一人で作業をする時間が続いた。ビルの頂点が赤色に点滅するのを見ながら、僕は明治通りを歩いていた。薄い雲がかかった高層ビルは僕を見下ろして、まるで邪悪な帝王みたいな威圧感と禍々しさを醸し出して佇んでいた。

プラネタリウムのことを思い出した。横顔と、人工的に作り出された満点の星空と、夕焼けと、スカイツリーと、川面に浮かぶ屋形船。そんな景色が浮かんでは消え、浮かんでは消えた。くるりの「東京」の歌詞が思い返された。「楽園」と言われるこの街で、頼る人のいない心許なさを抱えて僕は狭い歩幅で歩いていた。

酔った女の甲高い喧騒や、通り過ぎていく恋人たちや、スーツを着た身長の高い男の笑い声、その他多くの音は、イヤホンをした僕の耳には届かなかった。僕はダイバーのように、音楽に身を任せて、光も届かぬ海底へ沈んでいく。海面ではエンジンまじりのさざ波が揺れる。ビーチでは楽しそうな笑い声。閉鎖空間とネオンライト。暗い海底に沈んでいく僕。

人が星の数ほどいるこの摩天楼の下で、僕は一人だった。